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リクエスト

ご依頼向けというよりは、現実舞台でリアリティのある、世間一般向けの書籍の文体、かつ台詞のほとんど無いプロローグのイメージです

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◎:ノスタルジック/切ない/

子供の頃、藍花は学校で分厚い花の図鑑を見つけると、嬉々として1ページずつ捲っていった。
自分の名前である、藍色の花とはどんなものなのか。それを見つけて、友達や親に見せてやりたいと思ったのだ。

しかし、青や紫色の花はたくさん載っていたものの「藍色」と表現された花は1つも出て来ない。
子供でも読めるように厚めの紙で綴られた図鑑の最後のページを、最初の1ページを勢いよく開いた時とは対照的にゆっくりとした動作で閉じると、妙な孤独感が心に浮かぶ。

親に、どうしてこのような、存在しない花の色の名前を自分に付けたのか訊きたかったが、子供心に恥ずかしく、そして本能的に怖くも感じ、訊けなかった。

それ以降、高校生くらいになったら、成人したら訊こう⋯⋯と後回しにしているうちに、両親は揃って早くに不幸があり、亡くなってしまった。

そのため藍花は自分の名前の由来と意味を知らない。

あるいは両親も「大人になったら教えてあげよう」と思っていたのか。
自分なりの意味と答えを見つけて欲しいと思っていたのか。
答えは分からないままだ。
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◎:社会的/重厚・濃い/学生(女子高)/純文学的

詠美は私立の女子高校に通っている。
この地域は、昔から別学が好まれる地域性があり、子世代はともかく親世代、祖父母世代が特に好む。
ただしその特性は武庫川を越えたあたりから薄れ、神崎川を越えると、都心の雑多な雰囲気と混じっていき、ほとんど霧消してしまう。

人は大抵の場合、人生の理不尽さについて、学校か家庭のどちらかで強制的に学習させられる。
幼年から思春期までの20年間弱を、学校と家庭の両方から逃げ続けることは不可能だ。
学校の環境に恵まれている一方で家庭が荒んでいれば、校内の人間関係に頼り居場所を見出すようになる。

詠美の場合、家庭環境は決して悪くないが「そこに自分の部屋が存在するだけ」という、無味無臭に近い感覚であった。

それは学校も同じで、通学が義務であることと、時おり「教育」と称して感情と行動が強制されるがゆえに面倒に思うことはあっても、嫌とは思わなかった。

(あ。今、笑い過ぎたかもしれん)

休み時間に友人と会話をしていた詠美は、自分の口角が不自然に上がり過ぎてしまったことを自覚すると、口元を手で押さえて誤魔化した。
ほんの少し、そこをジッと見てくる気配が友人から伝わったが、杞憂と言える範囲だと、経験上受け止める。

詠美は間違っても、自分がクラスの、グループの輪の中心に来ないように意識していた。
家庭の裕福さや容姿の良さを理由に、他の生徒より自分が優位であると暗に示し、事あるごとに幅を利かせようと、あるいは張り合いをするクラスメイトたちを見て、

「あの位置に私がおったら、まずいことになるんよな」

と思っていた。
輪の中心は自分の居場所ではない。絶対に、向いていない。しかし、端にいるのも違う。
という曖昧さを抱えながら小中高と過ごしてきている。

成績は点数で明確に評価される一方、人間関係においては一度の失言や視線のずれといった、どんな失態をしたかで評価されてしまうことを、過去の苦い経験によって、極度に恐れるきらいがあったのだ。

校内では黄色い声と笑い声が飛び交う一方で、その一見して楽しそうな生活は脆く、壊れやすい。
そこにいるだけで一挙一動が他人の目に入るため「普通に過ごしたい」という贅沢を許してくれない。
長く冷たい無機質な廊下をそのまま象徴したような残酷さと危うさを孕み、昨日まで楽しかった場所が、途端に地獄のような場所になってしまう可能性が常に隣り合わせに存在する。

その見えない力に対して一人の人間がいくら大きく抵抗を試みたところで、校舎の壁と同じような不条理な厚い壁が立ちはだかり、どうすることも出来ない。