Residing outside Japan?
Please visit the global version!

文体等ご確認ください。

「れいの『玲』って漢字はね、美しいって意味を持ってるんだよ。あなたもママみたいに美しくて可愛い女になるのよ。そしたら誰にだって愛されるから」


 どこか寂し気にそう言ったおんなはその五年後に死んだ。交通事故だった。わたしはそれをきちんと、正しく、はっきりと理解していたけれど、同時に、十歳のわたしはそれをわかっていないほうが周りのおとなからの印象がいいということもわかっていた。
 葬儀で憐みの目を誰も彼もが向けてくる中、ひとりだけ、けだるそうにこちらを見ているおとこがいた。そのおとこは参加したくなかったとでも言いたげな雰囲気をまとっていて、喫煙所で焼香ではなく、たばこのけむりを天へと向けている。
 年齢は二十歳前後だろうか。少しパーマがかったふわりとした黒髪をまんなかでわけて両側に流している。右耳に水色のピアスが月光に照らされてきらきらと光っていた。
「なんだよ」
 じっと見つめていれば、その視線に気づいたおとこはうっとうしいと目を向ける。先ほどまでのおとなたちの、嘲笑と同情の入り乱れた重苦しい雰囲気をその身にまとわない、向けてこないおとこの前では、息がしやすかった。
「おかあさん、どこいっちゃったんだろう」
「それがわかんねぇバカでもねぇだろ、お前」
「どういうこと?」
「そこで聞き返すのがバカじゃない証。普通のガキは喜ぶんだよ、バカじゃねぇって言われたら」
 言い得て妙だった。確かにクラスの男子を考えれば、『馬鹿ではない』という事実を喜びそうだ。盲点。
 ただ、わたしはいまだに『親が死んだことをわかっていない馬鹿でどうしようもなく可哀想』な娘を演じなくてはいけなかった。それは何も同情をかいたいからではない。親子二人で生きてきたからこそ、わたしはわたしが生きるための場所を探さなくてはならなかった。
 親戚は誰もわたしを引きとろうとはしない。めんどうごとに巻き込まれるのはごめんだと早々に帰っていった。唯一、わたしの代わりに喪主をしてくれる叔母だけは嫌そうな顔をしながらも残ってくれている。ならば叔母に、とはじめは考えたけれど、虫けらを扱うような態度の彼女を見て、あきらめるほかなかった。
「お母さん、嫌われてたんだね。みんな嗤ってる」
「当たり前だろ。あの女、男遊びがひどかったからな。お前だって父親が誰かなんてわかんねぇだろ」
 うん、と何気なく返事をすれば、おとこはわずかに驚いた様子を見せた。今日初めて見せた表情だった。
「お前、行くとこねぇんだろ」
「そう」
「なら俺ん家来いよ。同居人いるけど」
 おとこの目は確かに同情を孕んでいたけれど、それは『馬鹿な母親に似た可哀想な娘』ではなく、『馬鹿な母親を持った可哀想な娘』という憐みだった。

◇◇

「ただいま~」
「良哉、遅かったじゃん」
 部屋の奥からはおとこの声がした。若い、利発そうな声だった。目の前にいるおとこが良哉と呼ばれていることではじめてわたしはこのおとこの名前を知ったことに気づく。仮にわたしを性的な扱いをするような人間でもなんでもよかったから、とりあえず今日を、明日を生き延びられればそれでよかったから気にしている余裕がなかったのだ。
「え、誰その女の子」
「拾った」
「はぁ? お前ってほんと……なんでもない」
「咲夜はメシ食った?」
 まだ、と聞いた良哉はわたしをソファーに座らせて、エプロンを身に着けた。まるでテレビで見たような主婦の恰好に、自分の母親がこうあってくれれば何かは変わっていたのだろうか、なんて思う。思うだけで、何も変わりはしない。変わってくれやしない。
 この部屋はシンプルであまりものが置かれていない。ソファーとテレビとベッド。あとキッチンにある食器棚と、たくさんの本が入っている大きめな棚だけ。こういうときにどうしたらいいのかわからず、とりあえず良哉を見た。ここに来るまでと違って、楽しそうに包丁を握っている。鋭いのか、にんじんをすぱっときれいに切っていた。
「君、名前なんて言うの?」
 咲夜と呼ばれていたおとこはわたしの隣にぴたりとくっついて座り、そう言った。この男はわたしをそういう対象として見ているのか、と漠然と思う。それならそれでかまわない。覚悟などあのおんなが死んだときにできている。幸いにして彼は色白な肌にさらりとした黒髪、入浴後だったのか、シャンプーの甘い香りをまとうような平凡な男だ。黒髪だって前髪をななめに流し、軽く耳にかける程度で清潔感がある。どうせそういうことをするのならば身ぎれいな男の方がいい。
「玲。『王』に命令の『令』で玲」
「へぇ、玲ちゃんか、よろしくね」