朱里
最終ログイン:24時間以内官能小説
もしも、この世に終わりが来たら――
それは、わたしたちが交わした、たったひとつの約束だった。
リアルでは、一度も会ったことがない。
でも、彼の言葉は、肌の奥まで沁みて、眠る前の心と体を揺らした。
本名も、顔も知らない。
けれど、声のない会話が、何度あたしを救ってくれたか。
画面越しに交わした言葉だけで、彼の温度はじゅうぶん伝わってきた。
はじめはただの災害アプリの掲示板だった。
でも、テキストはやがて、優しさを越え、熱を持ち始める。
気づけばその文面に触れるたび、胸の奥が、指先が、痺れるように疼いた。
「もしもさ」
深夜2時の、ふとしたつぶやき。
「うん」
すぐに返ってくる彼のことば。
「もし、世界が明日終わるなら──」
「ああ。会おう」
「月の影公園、知ってるよね?」
「ああ……知ってる」
「わたしも」
それだけで、涙があふれた。
彼はやっぱり近くにいた。
同じバス路線、見覚えのある商店街。
もしかしたら何度もすれ違っていたのかもしれない。
それでも、わたしたちは会わなかった。
画面越しだからこそ打ち明けられた秘密。
誰にも見せなかった弱さや、夜の欲望。
午前2時の匂いが、それらに魔法をかけて、美しいものに変えてくれた。
バカみたいな話だと思う。
顔も知らない相手に、本気で恋をするなんて。
でも、わたしは知ってる。
本当に壊したくないものほど、触れないままでいたくなることを。
約束の公園の前を通る。
噴水の音を聴きながら、スマホの画面を眺める。
「今日、近くを通った」
そう送ると
「おれも、昨日」と返って来る。
何度も繰り返す、すれ違い。
同じ景色を見ているのに、お互いの事は見えない。
噴水の水音が胸に残る。
夕方の湿気に混じる空気から、彼の熱を想像する。
──もしも世界が、本当に終わるなら。
わたしは、すべてを捨ててここで彼を待つ。
そのとき初めて名を呼び、指を重ね、震える声で、ずっと欲しかった言葉を囁きたい。
それまでは、このままでいい。
知らないままの方が、ずっと深く、繋がっていられる気がするから。
