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激しい雨音が夜の静けさを引き裂き、その轟音が私を眠りから呼び覚ました。闇の中で広がる、猛烈な雨粒が窓ガラスを叩く音。薄暗い部屋、ぼんやりとした視界の中で、目を凝らして時計を見ると、短針はまだ夜中の3時を回ったあたり。眠りについてから、そう長い時間経っていないらしかった。そういえば、△△は台風が近づいていると言っていた。この様子だと、直撃は免れないようであった。
再び夢の世界に戻ろうと、半強制的に視界を遮断する。意識を眠りに向けようとすればするほど、周りの音が気になって仕方がない。雨は余計に激しさを増し、風も強くなっているようで、時折、窓ガラスがガタガタと揺れる音までもが私の鼓膜を震わせた。この深い闇の中、雨音は孤独と不安を運び、私にまとわりついて離さない。
「……△△」
不安からか、恐怖心からか……。ふと愛おしい名前を口に出したその瞬間、意に介さずに体が震えた。 布団が冷たくて、不安に押しつぶされそうになる訳をようやく理解した。彼の体温が、温もりが、布団からほとんど消えている。足先が冷たくて、寂しい。彼の体温が、それほどまでに私を満たしていたということに気づいてしまった。
「△△?」
私の問いかけは、雨風に遮られ、彼に届くことなく消えてしまった。彼の姿が何処にも見当たらない。
「……」
この部屋に1人は耐えられない。1度彼を探しに行こうと、布団を捲り上げた時、遠慮がちにドアが開かれ、その隙間から薄明かりが漏れた。
「あれ○○……?起きたの?」
ふにゃりと笑う彼を見て、私の中の不安は一気に消え去った。それと同時に、彼のヘラヘラとした態度に苛立ちを覚える。
「どこ行ってたのよ……」
「え? トイレだけど」
当たり前のように言うもんだから、それにまた腹が立ち、思わず舌打ちをする。△△は一瞬顔を強張らせた後、申し訳なさそうな表情をした。
「ごめん……起こしちゃった?」
何も分かっていない。彼は、私が何に対して怒っているのか全く理解していないのだ。
「……外の音で目が覚めただけよ」
「台風って予報だからね。しばらく雨も風も止まないと思う」
「……そう」
窓を震わす雨風の音は相変わらず煩くて、こんな時間だと言うのに、すっかり目は醒めてしまった。
「……寝れないの?」
「こんな雨風じゃあ、寝ようにも寝れないわ」
「……そうだね。俺も眠気飛んじゃったよ」
ベッドの上に座り直すと、△△も同じように隣に腰掛けた。そして、こちらの様子を窺うようにじっと見つめてくる。
「なに見てんのよ」
視線に耐えられなくなり尋ねると、△△は少し言い淀んでから口を開いた。
「あのさ……」
その瞬間、突風に煽られた雨戸が大きな音を立てて軋み、続けて雷鳴が轟いた。
「!?」
あまりに唐突な出来事に驚き、声も出せずにいると、それを察したらしい△△が小さく吹き出した。
「怖いの?」
「はぁ!? そんな訳ないでしょ!」
馬鹿にしたような物言いにムッとして睨み付ける。すると、彼は再び笑い始めた。
「馬鹿にしてんじゃないわよ! △△のくせに!」
掴みかかろうと腕を伸ばすと、△△はなんの躊躇いもなくその腕を掴んだ。力では彼に叶わない。分かっていたはずなのに。
.「ちょっとは学びなよ」
「はぁ?」
「力では俺に叶わないって」
「あんたねえ! ……うわっ!」
2人分の体重を受けたベッドが大きく沈み込む。気が付けば目の前には△△の顔があった。吐息がかかる程に近い距離にあるそれに心臓が激しく脈打つ。反射的に離れようとするものの、背中にはしっかりと手が回されていて身動きが取れない。
これはどういう状況なの……?
頭の中に浮かんだ疑問符を打ち消すかのように△△の声が耳元で響く。
「昔から、口だけは達者だもんなあ……」
「なっ……!」
得意げな口調に腹立たしさを覚えながらも、何故か反論の言葉が出てこなかった。ただ黙って△△の目を見返す事しか出来ない。
暫く見つめ合っているうちに、△△の手がゆっくりと頬に触れてきた。指先が優しく肌の上を滑っていく感覚がくすぐったい。
「……抵抗しないの?」
「して欲しい訳?」
「そういう訳じゃないけど……」