※文字数の都合上、物語の後半はイラストの後の画像4枚に記載しております。


私は、ずっと何かを探していた―――。
大昔からずっと大切なモノを忘れている様な、知らず知らずのうちに何か重いもので蓋をしてしまったかの様な、暗く物寂しい違和感が常に心の裏を付き纏っていた。
経験して分かった事だが、思い出したい事を思い出せないというのは存外にもどかしく、しんどいらしい。
ほんの少しでもいい、ほんの一欠片でもいい。
自分の中で手掛かりに感じたものを映像や写真、もしくは絵にして残す事が出来れば、何処かで決定的な記憶の鍵に繋がるかも知れない。

「…ごめん、お父さん。
カメラ少しだけ借りるね。」

生前カメラマンだった父の影響もあり、遺品として残されていた小さいカメラのひとつを、私は早速鞄に入れて持ち歩き始めた。
そのカメラを選んだ理由は、素人の私でも扱える馴染みあるタイプのものだったからだ。


4月。公園の川沿いに連なり、華やかにライトアップされた美しい夜桜の下。
突如吹いた夜風に舞い、僅かに星の煌めく空の下を、淡い薄紅の花弁がヒラヒラと流れていく。

8月。田舎の縁側にキュウリの馬と茄子の牛が並び、ご先祖様がそれぞれの家に帰って来る蒸し暑い季節。
昼間より涼しくなった夜の草原で、湿った風に髪を靡かせながら偶然見えた蠍座にレンズを向ける。
父の魂は今頃、婆ちゃんの待つ家に無事帰っているだろうか。

10月。深紅に黄金、鮮やかな橙。
色鮮やかな紅葉に染まる山々の景色。山頂の空気は綺麗だからか、夜になると街より鮮明な星が空に輝き始めていた。
カメラを通して来たお陰か、春より少しずつ感じて来たモノが確かな確信へと変わっていく。


やがて、ひとつの年が終わりを迎えようとする12月下旬。
深く吸い込まれそうな群青の空と、肌を突き刺す程の冷気、深く澄み渡る空気を感じさせるその場所に、私は決定的な記憶の在り処を見出した。
写真を撮る為だけの最低限の装備を身に付け、コアなカメラマンや一部の登山客だけが知るという星見スポットを訪れる。

標高はそれ程高くなく、専用の宿や休憩所こそ用意されているものの、僅かな人間だけが訪れるというその場所は想像以上に足場が悪く…真冬の明け方ともなるとライトなしで出歩く事は一種の自殺行為に等しかった。

それでも私は、あの場所へ行って撮らなければならない。何故かと聞かれて具体的に答える事は難しいが…、経験上こういう時に光る私の直感は正しい事が多い。
懐中電灯を最大にして地面と辺りを慎重に照らし、近くの手すりでバランスを取りながら石と砂利に覆われた荒い道を少しずつ上り、そして僅かに下っていく。

一体どれ程この道を歩いただろう。
開けた場所に出た瞬間真っ先に視界に広がったのは、夜空一面に銀の星々が輝くこの世のものとは思えない程幻想的な世界の姿だった。


「こんな場所……、この国にあったんだ。」

星空の下で白い息を吐きながら感嘆混じりに呟き、そっとカメラを構える。
もう少し、もう少しで答えが出る気がするのだ。静かな昂りと僅かな緊張に急かされる様、レンズ越しの幻想世界を眺めながら足が一歩、また一歩と前へと進む。

カメラを手にした人間ならば確実に惹き込まれるであろう星空と逸る気持ちに駆られ、足元への警戒が疎かになっていたのだろう。
一体いつから放置されていたのか、一部の柵が壊れて抜けたままになっていたらしい。
ズリ…ッ、と靴の踵が滑る嫌な音に合わせ、足を取られる体勢のまま身体が荒れた斜面に向けて滑り出す。


「…う、そ………っ」

星々の幻想的な美しさに囚われて、足元から少しずつ這い上がってくる死の恐怖に正常な信号を鳴らす事が出来なかった。
土と砂利が背中に擦れ、全身が恐怖に強ばるのを感じながらどうにか必死に抗おうとする。
死に近付き過ぎた所為か、ほんの一瞬走馬灯の様なものが脳裏に流れるのを感じた。


―――――――――――――
――――――……


『パパのバカ!星を撮りに行くって約束したのに…!』

『パパを困らせるのはやめなさい。お仕事が入っちゃったんだから仕方ないでしょう?』

『…ごめんな星紗、次の休みには必ず山に連れていくから。』

『―――次のニュースです。〇〇山の標高〇〇m地点で滑落事故が発生し、撮影に訪れていた30代の男性が……』


――――――――――――
――――――

―――…………


.