暗い部屋。閉じたカーテンの隙間から差し込むのは、街灯によるものだろう淡い光だけ。しんと静まった室内に見合っただけの光源しかないそこに、ぽつりと小さな声が響いた。
「――花宮さん」
 それは己を呼ぶものだった。だからこそ、俺は口を開く。
「あ?」
 たった一言。たった一文字。それだけの返事に、ソイツはどこか嬉しそうな音を漏らした。
「ふふ、ふふふっ」
「……んだよ、何がおかしい」
 断罪しようとするみたいにキツくなった言葉。けれどソイツは――黒子はなおも楽し気に笑う。その不明瞭さに俺が腹を立てたのは、きっと言うまでもないことだろう。むす、と顔をしかめながら振り返った先、それまで背中を預けていたベッドの上。横たわる黒子の空色の瞳が、燐光を反射してきらりと輝いた。
「っ……」
「……? どうかしました?」
 静かな声が言う。けれどそれには答えずに、俺は黒子の上に覆いかぶさるように手を置いた。
「はなみや、さん……?」
 薄く笑むように、ゆるりと細められた瞳。その視線が妙に艶やかに思えて、どくんと心臓が跳ねる。誘われているようだ、なんて、コイビトでもないのに何を考えているのだろう。自分で自分を叱責して、それから俺はふいと視線を逸らした。
「どうしたんですか?」
「っ」
 するり。白く細い、けれど男のものだと一目で判る指先が、俺の頬を撫でる。それに引き寄せられるかの如くに、俺の目は黒子の瞳を覗き込んだ。絡む視線。外そうと思うのに、逸らせない。
「――好きです」
「……は?」
「え?」
 ぽつりと零れ落ちたのは黒子の意識の外にあった言葉だったのか、大きな瞳が丸くなる。そして、一瞬後にようやく自らの発言に気付いたように、薄明かりに照らされる頬が微かに赤みを帯びた。
「……お前、俺のこと好きなのか」
「ちが、いや、違わないですけど、そうじゃなくて」
「? どういう意味だ」
 否定の言葉に何となくむっとした俺の反応に驚いてか、黒子がぱちくりと目を瞬かせる。
「……アホ面」
 ふは、と小さく笑いながら鼻を摘まんでやると、今度は黒子の表情が微かにではあるが不機嫌そうに歪んだ。そんな反応がまた面白くて、一瞬前の不機嫌も忘れ、俺は黒子の頬に手を寄せて。
「俺のこと、好きなの?」
 再度問うた言葉に、黒子はたじろいだ様子で目を泳がせる。それにまた笑って、じっとまっすぐにその空色を覗き込めば、おずおずとした仕草ながらも視線が返ってきた。
 そして。
「……すき、ですよ」
 ぼそっと、認めるのが癪だとでも言いたげに呟きを落とす黒子。その言葉ににやりと笑った俺に、空色がむすっと唇をへの字にして。
「貴方の声が、ですけど」
「……は?」
「貴方本人のことは、そんなでもないです」
「……」
 きっぱりと失礼な言葉を紡いだ唇に、噛みつくようなキスをする。舌でも入れてやろうかと思ったけど、噛みつかれる危険性を考慮してやめた。代わりに真っ赤になった頬を指先で擽りながら、その目をじっと見つめて笑う。挑発にもならないそんな戯れに、黒子ははくはくと唇を開閉させ――
「花宮さんのばか!!」
「ってぇ!」
 ばちんと見事な張り手を頬にくらい、身を引いた俺を押し退けて部屋の外へと飛び出す黒子。その背中を呆然と見送った俺は、ぱちくりと目を瞬かせてから。
「……ふはっ!」
 新しいオモチャを手に入れられたと、肩を揺らし笑った。