さくら

商品の内容

あの人を始めて見たのは、雲ひとつない晴れの日。日差しが眩しくて桜の花びらが道いっぱいに落ちて暖かな風が吹き始めた頃だった。

その時の僕は、一人で生きてきたような気でいた。外の景色の色さえ見えてなかった
なんの楽しみもなく、ただ過ぎていく日々

何か足りない気がしていたが
それもなんなのか・・・よくわからないまま日々が過ぎていた。

朝目覚めたら食事を作り、妹と父さんの弁当を詰める。母さんは僕が10才の頃に病気でな亡くなった。父さんは仕事でほとんど家に居なかった。妹の沙知(さち)は5才だったから家のことをするのは僕しか居なかった。自分の支度を終え、学校に行く。
学校の友達には本音を話せるほどの友達はなかった。ただみんなにあわせて楽しいふりをしていた。当たり障りなく・・・

それに自分の事だけを考えればいい周りの友達が羨ましく見えて自分は取り残された気がした。少し悲観的になっていたのかもしれない

彼女なんて居た事ない。何人かに告白された事はあるけど、そんな余裕なかった。人を好きになるという事さえなかった僕は恋愛がどんなものかなんて想像もつかないでいた。

打ち込めるのは小学生の頃から始めた陸上だけだった。
ひとりで走る。自分の心臓の音を聞き頭の中を真っ白にして、ただただ走る事がこの現実から目を背ける唯一の手段だった。

そんな毎日を過ごす中、あの人を見つけた。
学校に通う道にWunder(ヴンダー)って美容院がある。ガラス張りで中の様子が見えた。
白ベースの店内に緑が溢れていた。中にいる人達はみんなキラキラしていて眩しかった。
僕なんかが入ったら場違いな場所。そう思った。
女の子が嬉しそうな笑顔を見せ、美容師と話している。
あー僕はそこには入れない。見てるだけて疎外感を感じる。
カットしてる美容師が鏡に顔を向けた。 顔が見えた

あーやっぱり美容師さんもイケメンだ・・・綺麗な顔してるなー。女の子にモテモテなんだろーな。リア充ってやつだな(笑)ははははは
なんだろーこの惨めな感じ
まぁ、僕には関わりのない世界。そう思い、いつもの生活に目を向けた

ある日、トレーニングを終えて帰る途中、家の鍵を無くしてることに気づいた
今日は沙知は帰りが遅くなるって言ってたな あーどうしよう・・・
どこで無くしたんだろう。困ったなぁ。来るときに落としたのかも
と下を見たまま鍵を探しながら歩いた。

ドンッ!!!!!!
「いっ・・・て・・・」
人にぶつかった
とっさに顔を見上げると
!!!!
この間の美容師
「お前、前見て歩けねーのか・・・?」
この間見た時の笑顔はない。眉間にシワを寄せ気だるそうに僕を見るその目は・・・あの時の美容師とは別人か?
「す、すみませんっ!!!」慌ててお辞儀した
「お前だろ、これ落としたの」
「え?」顔を上げると
目の前にチャリンと差し出されたもの
鍵だ!
「あ、あ!はい。ぼ、僕の鍵です。預かっててくれたんですか?」

「ああ。そうだ。だったらなんだよ」

「ありがとうございます。
さっきトレーニングの帰りに落としたことに気付いて探してました。前を見てなくて・・・ホントにごめんなさい。ありがとうございました」
頭を下げ、そそくさにその場を去った。

この間と打って変わって鋭い目付きで気だるそうにこっちを睨む姿に
客にもあんな態度とってたか?いや、笑顔だったぞ。あんなに無愛想じゃなかった。困惑した。
でも整った綺麗な顔立ちだった。
なんだ、このドキドキは?・・・・ん?
首を傾げた ・・・恐らくは、ぶつかってびっくりしただけだ。

あれから、Wunderの前を通るのを避けた。もし鉢合わせたら気不味いから。僕とは話したくないだろうな。
あの人にあったらどうしよう?お礼を言えばいいだけなんだろうけど、会いたくなくて
僕はしばらく違う道を通っている

ただ今日は諦めてあの道を通る事にした。
何故なら沙知に話したら
「お礼にジュースでもお菓子でももってけってんだばーろーめー」と言われたからだ。
※うん、わかってる。沙知の口調に関しては突っ込まないでほしい。少し変わっているけど優しい子なんだ。

あの角を曲がるとWunder・・・心臓が飛び出そう
僕は人と接するのが、あまり得意ではない。あの人に関しては住む世界が違うと思っているから尚更だ。
はぁ~~~~、ふぅ~~~~ 。深呼吸した。
よし!
あ!居た。
客を見送って外に出て来ていた。
客が去ったのを見計らい
「あの、すみません。この間鍵を拾って頂いて助かりました。あの、気持ちです」
と用意していた紙袋を差し出した。
振り返ったあの人は受け取ってくれたが
たった今までの笑顔が、完全に消えて眉間にシワが寄っていた
なんだ、お前かと言わんばかりに・・・
「では、失礼します」と振り返り去ろうとした時
「おい、お前いつもここ通ってるだろ?」
「あ、はい」知ってるんだ
「なんで、最近通らなくなった?」
え?それも知ってるのか
「あーえーそうですね、なんでか?ですか?ちょっと他の場所に用事がありまして・・」
目が泳いでいるぞ僕。
「へ~。待ってろ」
あの人は店に戻った。すぐ出てきて
「ほらよ、この間タオル落としていっただろ。馬鹿か?お前。落し物の天才か。」
「え?」
「汚ねぇから、洗っといた」
「あ・・・ありがとうございます。」洗ってくれたんだ・・・
もしかしてこの人本当は優しいのでは?
店のドアが開き、中から髪をピンクのショートカットにしてる女の子が出てきた
「晴さ~ん、何してるんですか?早く来てくださいよ~!」
「あ、では僕は失礼します。何度もありがとうございました」
振り返り、ため息をついた。
なんか疲れたな。表情と行動が一致してないのか?読み難い人だな
それにしても、あまりにもイケメンで何度見ても緊張する。名前晴って言うんだ。
なんだこれ?
僕は女の子か(笑)え?これって異性に対して持つ感情じゃないのか?いや晴さんの優しさが嬉しかったんだ、僕は。

今日は走っていても、晴さんの顔が頭に浮かんだ。練習を終えて、バッグをあさると晴さんが洗ってくれたタオルに目が止まった。
顔を拭いた。これ晴さんの匂いなのかな
・・・
ランニングをしていると無になる。それが唯一の逃げ場だった。でも、晴さんに出会ってから何かおかしい・・・

帰って、沙知にお礼をして来たと伝えると
「やるじゃねぇーか!すっとこどっこい」と言っていた。
僕はこの時、心に微かな光が差し込んでいるのに気付いていただろうか。

いつものように朝の支度を終えて、家を出ると後ろから小走りで近ずいてくる足音が聞こえた。幼馴染の栞だ。
「亜樹ちゃん、おはよー。最近会わなかったけど、元気だった?」
「ああ、栞は?」
「私?変わりないよ。でも、家庭教師のバイト始めたから少しバタバタしてるよ。亜樹ちゃんは?なんだが最近見なかったから、トレーニング増えたのかな?って思ってた。
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