◎:現代舞台/姉妹/妹の一人称視点/人の醜い面を描く
○:登場人物に善人がいない感じ

姉(25)=学業優秀、容姿端麗、八方美人
妹(20)=幼い頃から姉を嫌っているが我慢している

【ずっと嫌いだった】

「なに?」

実家に帰省した時。
『招待状』と書かれた紙を姉に差し出されて、私はなるべく冷静にそう言った。
本当は訊かなくても、薄いピンク色の見た目と、何か言いたげな姉の様子で察しはつく。

「結婚することになったの。家族には直接渡したくて」
「そうなんだ、おめでとう」

口元だけ笑って、祝福の言葉を伝える。
建前の言葉に対して、姉は嬉しそうに『ありがとう』と嬉しそうに笑った。
こういう時だろうと、私が満面の笑みを浮かべるような性格でないことは、姉も知っている。
結婚か。相手は誰だろう。確か1年くらい前は、会社の同期と付き合っていると聞いていた。

「相手は?」
「実は結婚相談所に登録してて。そこで知り合った人なんだけど」

知らない人だ。相談所に登録したことも初めて聞いた。
姉はこんな風に、重要なことを後から伝えてくることが多い。
泣きながら部屋にやって来たと思えば『彼氏に振られた』『試験で悪い点数を取った』等といきなり打ち明けて来ることが何回もあった。

前に『結婚と子供は特別』と言っていたのを覚えているけれど、そんな『大事なこと』も事後報告で済ませてきた。なにが『家族には直接渡したい』だ。結果だけ嬉しそうに報告されても。

「……っ」

姉の悪癖を久し振りに目の当たりにして、大きな溜め息が出かけたが、ぐっと我慢し、作った微笑を維持する。

「その制服懐かしいね」
「久し振りに実家来たから。整理してた」

姉は『わぁ』と言いながら、私が手に持っていた、高校時代の制服を見て表情を更に明るくした。
わざとらしい反応。これも昔から姉がよくやる素振り。
こうやって愛想を見せておけば誰も否定してこないと知っているから、よくこうする。

本当は整理ではなく、この制服を捨てようと思って持っていた。
この服には苦い思い出がある。

私が中学生の時、姉は新設の私立高校に行った。
そこには珍しい学科があって、私も本当はそこに行きたかった。
でも、姉妹揃って私立に行くのは親に申し訳無いと思って諦めた。
親に頼まれた訳ではないけれど。

姉と違って私は勉強が苦手だったけれど、あの高校に行くことを諦めてから、勉強の意欲が更に無くなってしまった気がする。

だからこの制服は地元の……この田舎の公立高校の地味な制服。
これを着ている3年の間ずっと、姉に負けたみたいで屈辱的だった。
あの時の感覚はもう忘れかけていたけど、今実家に居て、姉が目の前にいることで、急に思い出してきてしまう。

姉は、卒業した大学も今の勤め先も、世間の受けが良い有名なところ。
出身校や勤め先を名乗る時、さぞ気分が良いのだろう。
私なんか地元の高校を出てから、今何度目かの求職中だというのに。

無職の妹が結婚式に出て行っても、互いに恥をかくだけ。
いっそ妹なんて居ないことにしてくれた方が嬉しい。
親だってそう思うはず。

「結婚式、私なんかが出ても縁起悪いでしょ」
「え、そんなことないよ! なんで?」

何も分かっていない姉を見て、溜め息ではなく今度は失笑が漏れそうになる。
姉の周囲には、聞こえが良い言葉がふわふわと常に浮かんでいる気がする。

「無理しなくていいけど……家族が来てくれないと寂しいな」

結婚することを事後報告しておいて何を今さら。
まぁこの人にとっては、周りの人は全員自分の引き立て役だ。私でさえも。

そして人間関係に対して潔癖だから、自分は決して悪口を言わない。
『悪口を言わない自分』に酔えるから。
だから中身の無いことしか言わない。
全て自分のため。その事実を、世間や結婚相手が知らなくても、私は知っている。

「……どうかした?」
「別に。ちょっと疲れてたから。……式には参加させてもらおうかな」

「……そっか?」と呑気なことを言う姉。
私はつくづく、この人が嫌いだなと思う。
さらに言えば、姉みたいな八方美人めいた言動をする人を全て憎むようになってしまった。

本当は今すぐ罵倒したいけれど、まだ我慢しよう。
子供の時から我慢しているんだから、まだまだ我慢できる。
いつか、姉が一番困るタイミングで、数年間溜まった感情を全てぶつけてやる。


※「姉は潔癖だから悪口を言わない(だから腹が立つ)」と思っている妹も、姉に面と向かって悪態を吐いたことが無いので、人のことを言えない