登場キャラ
・芳香(よしか。主人公。ボーイッシュ。ヒロインに片想い)
・千代乃(ちよの。ヒロイン。絵に描いたようなお嬢様)

◎(必須表現):学園生活(女子高)/片思い/第三者視点(主人公視点寄り)/ちょっとコミカル/「恋してる」感
×(NG表現):男性キャラの登場(教師や父親も出す必要無し)

《本文》
クラスの係を決める際、千代乃が園芸係に立候補しようと手を上げた姿を、斜め後ろの席から見ていた芳香もつられてすぐに挙手した。近所の住民からは「お嬢様学校」と呼ばれているこの女子高。そんな場所に通う生徒たちだが、千代乃以外は誰も花のことに興味無いようで、仕事の楽そうな他の係に人気が集まっている。
こうして、定員2名の園芸係はすぐに芳香と千代乃に決まった。

別の日の放課後。係の初めての活動として、中庭の花に水をやっている際、
「芳香さんもお花がお好きだったのですね」
と言われた芳香は、
「花というか、千代乃が好きなんだよ」

と言いたくなったが、なんとか喉の奥に飲み込み「そうなんだよ~、同じだね」と口にする。
本来の芳香の趣味であるアニメやらゲームの話を聞いている時は、話題にあまりついていけずに、うんうんとただ頷いているだけだった千代乃が「園芸係に立候補する人、私だけかもしれないと思っていたので、嬉しいです」と、印象的な紫色がかった大きな瞳を輝かせて喜ぶ。
そんな、今まさに目の前で咲いている花のような眩しい笑顔を見て、

(へぇ……千代乃は、本当に嬉しい時はこういう表情するんだな)

と思う。愛想笑いなどではない本当の笑顔と明るい声色を聞いて、今まで知らなかった彼女の一面を知った気持ちになった。

撒かれた水を吸って色を変える花壇の土。水滴の付いた花弁と葉。隣を見れば、耳を澄まさないと聞こえない程度の声量で鼻歌を歌っている千代乃。校舎に囲まれた中庭に吹いた弱い風が、千代乃から漂う甘い匂いを運んでくる。花の香りと混じったそれを鼻腔で感じる芳香は、正気を保つのに精一杯であった。



誰もいない教室の隅。二つ並んだ植木鉢を交互に見比べている芳香。比較的育てやすいとされるペチュニアの種を植え、芳香と千代乃でそれぞれ鉢一つずつ育ててみよう、という話になったのが二ヶ月前。それが、やっと花を咲かせてくれた。

「千代乃が育ててる方が、奇麗だな」

芳香の趣味であるイラストにも線の描き方や色の着け方に上手い下手があるように、花の育て方にも土の管理から水の量、鉢を置く位置や角度にまで様々な配慮が必要であることを、ここ二ヶ月で学んだ。少し前まで「花なんて、適当に水道水やってれば育つんじゃないの」と本気で思っていたが、そんなことを千代乃の前で言わなくて本当に良かったと、制服の上から文字通り胸を撫でおろす。

「この紫色の花、なんだか千代乃に似合いそう」

この花もそうだが、千代乃の周りにある物は、どれも彼女の気配や残り香があるように思う。

これまで芳香にとって、誰かに恋するということは、アニメやらゲームやら、画面の向こうで行われるものだった。キャラクターが他の誰かを愛し愛される様子に共感し、心から感動もしていたつもりだったが、実際に自分が恋慕の感情を抱くと、こうも切なくもどかしいものなのかと思う。今、どう振る舞うのが正解なのか、視界に無数の選択肢が秒単位で現れる気分になる。

千代乃を初めて見た時――思えば最初は後ろ姿だったが、彼女の顔を見る前に既に心臓にドキリとしたものが走っていた。手の平で掴めてしまいそうな小さな顔。対照的に、あの丸い目は大きく感じ、近くで視線が合えば瞳は芳香のことを映してくれる。長い睫毛の動きや、これまた小さく瑞々しい唇が開くことで発される声。どの言葉を喋っていても優しさを孕んでおり、耳と心が安心してつい眠くなってしまうことすらある。

初めてあの可憐な佇まいを見た時、今まで画面の中のイラストや文字の中だけでの存在だった恋する気持ちが、自分の頭と胸に湧いて全身に駆け巡った。それ以降、誇張でなく一秒たりとも離れてくれない。