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【ある芸能人】
ある日、それまであまり喋ったことの無かったクラスメイトから、
「芸能人だったら誰がタイプ?」
と訊かれた。

私は芸能人に全く興味が無かったが、正直に「いない」「タイプのキャラならいる」とは言えず、流行りの有名人の名前を適当に答えて場を切り抜けようとした。すると、
「いいよね! あの人、私も好きなんだよね!」
と共感されてしまい、それ以来その子からは、
「昨日、動画上げてたけど、見た?」「この角度からの写真格好良くない?」
などとメッセージが送られてくるようになった。

結局私は、本当は全く興味が無いその有名人のことを、好きなフリをしたまま話題を合わせ続け、卒業まで過ごしてしまった。

その子と、好きでもないのに名前を挙げてしまった有名人に対する罪悪感を、大人になった今でもぼんやりと持っており、たまに思い出す。

【述懐】
私は今まで、誰かを見下したり、他人の不幸な姿を見ることでストレスを和らげようとしていた。
しかし、そのような方法ではほんの一時しか満たされない。
常に苛々していた。

けれども、誰かと楽しい時間を過ごしたり、美しい景色を見たり、心から満たされた時間というものは、時が経ってから思い出しても幸せな気持ちが浮かんでくる。

私が今まで見下していたり、くだらないと思っていたものを見て、嬉しく思えたり、共感出来る考えを持つことこそ人としての幸せなのだ。そのことに気が付くのが遅かった。

【ジュブナイルもので、子供が大人を論破】
大人「我慢しろ。お前も大人になったら分かる」
子供「ということは、大人のあんたは分かってるっていうのか」
大人「ああ…」
子供「じゃあ、言葉で説明してくれ。子供の俺でも分かるようにさ」

【ずるい人】
あいつは、人から構ってもらうためだったら何でもする。嘘も平気でつく。
困った時も、他人に責任転嫁出来るなら誰だって、何だっていいと思ってる。

【高校入学式】
四月、春らしく暖かい日。
閑静な住宅街に馴染む小奇麗な校舎を構えた○○高校の体育館で入学式が行われていた。
白い襟が特徴的な、まだ真新しい制服を着た紬葵は、緊張で静まり返った百六十名の新入生のうちの一人として、口を一文字に閉じ、伝統ある女子校の雰囲気に早くも溶け込み始めていた。
普段は黄色い声で自分の話ばかりをする女子たちも、今は個性を潜ませる。

【兄が好きな妹】
妹が知る男性の中で、最も頼れて最も優しい男性は兄だった。
片親の家庭に生まれ、父親のことは顔すら知らない。
母親も滅多に帰宅せず自分達に無関心で、学校に行かなかったとしても咎めない。

妹の世界のほぼ全てを占める六畳半の古い公営住宅において、唯一の味方は兄だけだった。

血縁者に恋慕を抱くことについて、いかに禁忌であるか説得されても、逆に兄への依存と思いをより強くさせるだけだろう。

【時間の流れ】
久し振りに実家に帰省し、中高生時代に毎日聴いていたアーティストの歌を聴く。
十年近く振りに懐かしい歌を聴いて、当時よく遊んでいた友人達の顔を思い出す。

思い出す皆の姿は、誰もが母校の制服を着ていた。
大人になった皆の顔は分からない。

最後に会った時は、成人式の日だっただろうか。
就職してからずっと地元を離れて暮らしているとはいえ、会っていない期間が長くなり過ぎた。
「忙しい」「みんなも忙しいはずだから声を掛けても迷惑だろう」
などと会わなくてもいい理由ばかり探していたから、当然か。

同級生の彼ら彼女らは、今は何をしているのだろう。
結婚して、子供もいるのだろうか。

この時、私は初めて、自分が当時から十年以上の時間を過ごしていたことを痛感した。
そして、大人になってからの十年よりも、中学時代の一年の方が、その密度が濃いことにも気がついた。

【ホラー風】
彼の部屋の机の引き出しが珍しく開いていたので、気を利かせたつもりで閉めようとする。
すると、引き出しの中に小さなアルバムが入っているのが見えた。
引き寄せられるように、手に取って開く。

「なにこれ……」

そのアルバムには写真がたくさん飾られていたが、写っている人物の中で、私の顔だけが真っ黒に塗り潰されていた。

「あー、見つかっちゃったか」

最後のページまで見終えたと同時に、私の背中の後ろから声がする。
聞き慣れた彼の声のはずだが、感情のこもっていない冷たい声だった。