※敢えて「~した」「だった」等で終わる文体で書いています

『ずるい人』

その女が初めて関係を持った男性は、義理の父親だった。

実の父親のことは何も知らない。
家の中に男性がいる生活自体、慣れないものだったが、突然現れた新しい父親からは、同級生の男の子達からは感じない、妙な熱さを伴った視線を感じた。

そしてその視線は自分の目ではなく、身体に注がれていることを感じ、女は幼い時点で既に、男性が自分に向ける歪んだ感情の存在を知った。

義理の父親と2人になる機会はいくらでもあった。
ある日、女の方から誘うと、義理の父親は我慢していたものが爆発したかのように飛びついてきた。

「その時」は、なんだかゆっくりした時間だと感じ、目の前のこの男の人はどうしてこんなに必死で、辛そうなのだろう、と思った。

そうして何度か関係を結んだ後、案の定母親に知られることになり、母親は、夫である義理の父親と娘を罵倒し、父親は逃げるように家を出て行った。

「やっぱり男は信用出来ない」と泣き叫ぶ母親を見て、そうか男の人というのは信用出来ないものなのかと、冷静に思った。
そんな冷静な目で母親を見つめていると、そのうち母親と目が合う。
その時、母親は何故か急に泣き止み、恐怖するように目を見開いて、娘をただ見つめていた。
後で知ったことだが、この時の無表情な女の顔が実の父に似ていたらしい。

その後、母親は家を不在がちになり、古いアパートに独り残された女はインスタント食品や菓子パン等を自分で用意して生活するようになった。

次に関係を持ったのは、学校の教師。
その教師からも、既に授業中等に熱っぽい視線、義理の父親からも向けられた視線に似たものを感じており、直感的に「この人も、誘っても断らない」と考えた。

女の家庭状況を心配した教師が、散らかったアパートに訪問した時。
女が「寂しい」と言って布団の方を向くと、その後は笑えるくらい簡単に事が進んだ。

その後、女自ら同級生達に事の噂を流すと、すぐに学校中に話が広がり、ある日他の教師に呼び出される。
数人の教師達に囲まれ、事情を問われると、
「先生が突然家に来た」「『嫌だ』って言ったけど、無理矢理させられた」
と言った。
神妙な表情で自分を見てくる他の教師達の顔色から、そう言って欲しいのだと感じたからだ。
きっと「生徒と教師が肉体関係にあった」という話よりも「教師が一方的に関係を迫った」という話の方が、この人達にとって都合が良いのだろうと。

結局、その女は無理矢理に関係を迫られた被害者として扱われた。
「事件」は新聞等でも報道され、教師は懲戒免職となり、妻とは離婚。
子供への養育費と、慰謝料を払い続けることになったようだ。

女は、自分の気まぐれでこんなことが起きたのだと考えると、まるで自分が世界を動かしたかのような感覚を覚え、胸が高鳴ることを感じた。

その後の学校生活では、
「大丈夫?」「何かあったら話してね」
等と、事あるごとに心配してくる同級生達のことが面白いと思った。
教師達も気を遣っているのか、実質的な特別扱いをされた。

次に関係を持ったのは高校進学後。同級生の彼氏。
身近な場所に恋人がいる男の子に迫ったらどうなるのか、試してみたいと思ったのだ。

今度は誰にも話さずにいたが、彼氏から話を聞いたのか、彼女である同級生に呼びされ、泣きながら罵倒された。
母親もそうだが、なんだか自分の周りの女は常に泣いているな、と思うと、普段は無表情気味の女の顔に、フッと笑みが浮かぶ。いつ振りかの笑いだった。

ほとんど話したことが無いクラスメイトである自分の「ずっと好きだった」という嘘を疑いもせず「彼女がいるのは知ってる」と手を取り胸に触れさせるだけで簡単に関係を結ぶような彼氏に浮気されて、どうして悲しんで……悔しがっているのだろう。

悔しいなら、この女だって……回りの女だって、自分みたいに男の人を利用すればいいのに。
そうすれば、あんたらが毎日学校で話してる、勉強とか就職のくだらない悩みだって、解決するんじゃないかと思う。

勉強なんかよりずっと簡単なのに。
私にしか出来ないことではない筈なのに。

今度はこの同級生の女の子が被害者になったようで、加害者となった女は高校をすぐに退学した。特に未練や後悔は無かった。

女はこれまで、誰かを好きになったことは無いと思っている。
ただし、自分がしたことによって堕ちていく義理の父親、教師、同級生の男の子のことが、ほんの少しだけ、愛しく思えた。

次は誰が目の前で堕ちてくれるのかを楽しみにしつつ、ボロボロのアパートに帰って行った。